水晶体脱臼の犬の一例|横浜市磯子区の動物病院「洋光台ペットクリニック」

症例紹介

水晶体脱臼の犬の一例

※眼科を中心に診察している小松獣医師は第2,4日曜日のみの診察となります※

(出勤日は変更になることがございます。)

 

水晶体は眼球の中間部に位置しており、網膜にピントをあわせるために必要な重要な組織です(図1)。
毛様体から連続するチン小帯が360°水晶体に付着しており、遠くを見たり近くを見る際に、チン小帯を通じ、水晶体を伸ばしたり縮めたりすることで、網膜に焦点を合わせています。人では様々な原因によってチン小帯の脆弱化が生じ、チン小帯が断裂することで水晶体の位置が本来の中心の位置からずれることがあります。水晶体の偏位が軽度である場合を水晶体亜脱臼といい、完全に偏位している場合を水晶体脱臼といいます。

犬猫においても、水晶体亜脱臼や水晶体脱臼を生じます。
特にテリア種を中心とした様々な犬種において、チン小帯の断裂が生じやすい遺伝的な素因があるとされ、原発水晶体脱臼(PLL)を生じることが報告されています[1]。またぶどう膜炎や緑内障、外傷といった様々な疾患に続発して、水晶体脱臼が生じることもあります[2]。水晶体脱臼では、水晶体は本来の位置から様々な場所に偏位します。
硝子体側へ偏位する水晶体後方脱臼では、後部の眼内組織である網膜に障害を与え、網膜剥離を生じる危険性があります。また前房へ偏位する水晶体前方脱臼は、緑内障や角膜浮腫を引き起こすだけでなく、強い疼痛を生じるため、緊急的な治療が必要な場合があります。

今回は、水晶体脱臼を生じた犬の1例を紹介致します。

図1:眼内組織の模型図。水晶体は虹彩の後方に位置し、毛様体から生じるチン小帯によって
支えられている。前方から入射した光(黄矢印)を屈折させ、網膜に焦点をあわせる機能をもつ

【症例】
チワワ、避妊メス、中〜高年齢(推定)。当院のトリミングに来られた際に、左眼の充血を指摘され、診察を実施致しました。左眼は眼圧が60mmHgと上昇しており、角膜浮腫を生じていました。緑内障と判断され、眼圧を下げるためトルソプト1日2回左眼に処方されております。
1週間後に眼科診察に来院された際には、明らかな眼疼痛はなく、調子はよいとのことでした。眼科検査所見では、両眼ともに明らかな眼瞼痙攣や結膜充血はみられず、角膜潰瘍もみられなかった。右眼の水晶体には初発白内障がみられました。左眼の水晶体には未熟白内障がみられ、水晶体は腹側前方への偏位がみられました(図2)。眼圧は右眼が22mmHg、左眼がエイゾプト点眼後1時間で17mmHgと正常範囲内でした。眼底検査では、左眼の視神経乳頭にわずかに陥凹がみられましたが、明らかなタペタム領域の反射亢進はみられませんでした。威嚇瞬き反応は両眼ともに乏しかったですが、眩惑反射は両眼ともに認められました。
眼超音波検査では、右眼の水晶体に明らかな偏位はみられませんでしたが、左眼の水晶体は腹側前方へ偏位していました。また左眼の眼球は右眼の眼球と比べ、わずかに眼球の拡張がみられました。両眼ともに網膜剥離や眼内腫瘤はみられませんでした。以上の所見から、左眼の水晶体脱臼および緑内障と診断致しました。

治療として、左眼の眩惑反射が残存していることから、水晶体摘出術の手術適応と判断致しました。しかし、既に緑内障を併発しており、眼球拡張や視神経障害がみられるため、手術をしたとしても、長期の視覚予後は悪い可能性が考えられます。以上の点を踏まえ、飼い主様には手術について説明したところ、手術の実施を希望されたため、手術実施が可能な眼科専門施設へ紹介致しました。後日眼科専門施設において診察を受けられ、改めて手術適応と判断されたため、左眼の水晶体摘出術を施行して頂きました。術後は視覚を維持されており、眼圧も安定している状態でした。

図2:眼科検査所見。右眼の水晶体(a, c)には未熟白内障がみられるが、明らか水晶体の偏位
はみられない。一方、左眼の水晶体(b, d)には未熟白内障および、水晶体の腹側前方への偏位
により水晶体コーヌス(白矢頭)が確認できる。また、眼超音波検査(e, f)においても、右眼の
水晶体が正中にあるのに対し、左眼の水晶体は腹側前方への偏位していることが確認できる。

本症例は、トリミングで眼症状を指摘され、一般診察で緑内障を診断。眼科診療では水晶体脱臼も確認し、眼科専門施設へ紹介。眼科専門施設で最終診断を行い、水晶体摘出術を受け視覚維持に至った症例です。
水晶体脱臼についての鑑別診断や手術適応の判断については、成書[3]をご覧頂くことが一番かと思いますので、そちらに説明は譲らせて頂きます。
本症例を通じてお伝えしたい事として、視覚維持ができたこと、つまり治療が上手くいった理由は、それぞれの役割を全うし連携できたことと考えております(図3)。まず最初にトリミングで充血を発見していなければ、水晶体脱臼に気がつくことも出来なかったと思います。またその時点で獣医師に症状を伝え、すぐに診察を行い、緑内障の診断をした後、眼科診察を勧めて頂けました。私の方にもすぐに連絡を頂き、眼科診察を行ったところ、水晶体脱臼を診断し、手術による視覚維持が見込まれたため、水晶体摘出術についてご提案をさせて頂きました。飼い主様が手術を希望されたため、私から眼科専門施設へ連絡したところ、事情をご理解頂いて、可能な範囲で早い診察予約日を取って頂けました。また同施設では手術適応の最終診断から早期に手術を行って頂いた結果、視覚維持ができたと考えております。現在獣医療は、人医療と同様、高度医療化が進んできており、一人の獣医師だけでは全ての疾患を診断・治療することが困難となってきています。そのため、各獣医師がそれぞれができる役割を担い、お互いに良いコミュニケーションを取ることで、より多くの症例を助けることができると考えております。またトリマーと連携することで、早期に病気を発見することが可能であるため、トリマーとの獣医療連携を強めていくことが望ましいと考えております。

図3:本症例において、トリマーおよび獣医師が行った、それぞれの役割を示した図

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参考文献
[1]Oberbauer, A.M., et al. Inheritance of cataracts and primary lens luxation in Jack Russell Terriers. Ameri¬can Journal of Veterinary Research, 69(2):222–227, 2008.
[2]Curtis, R. Lens luxation in the dog and cat. The Veteri¬nary Clinics of North America: Small Animal Practice, 20(3):755–773, 1990.
[3] Gelatt K,. et al. Veterinary Ophthalmology 5th edition. Wiley-Blackwell, 1199-1233, 2013

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